アクトワン音楽部の矢川です。

今日は自分が最近感じたことのお話でも。





「結果が重要だ」「結果こそ全てだ」というのはよく言われる話であり、実際間違ったことではないと自分も感じます。

しかし、”結果が全て”と断じることで、自分の可能性の芽を摘み取ってしまっていることって実は多いのではないかと最近感じています。



例えばあなたがバンドを始めたとします。

頑張って練習し、広告も配り、いざライブ本番、お客さんはほとんど来なかった。 ということもあると思います。

結果だけ見ると「人が来なかったので失敗」ということになるとは思います。 じゃあ、それまでの努力は無駄だったのかというと、そうでもないと自分は思います。

そのためにしてきた練習、どこでどう宣伝して人が来なかったかの経験、など。

「成果」とはいいづらいものの、次につなげて役立てられるものは蓄積できるからです。


次につなげて役立てるための行いが、直接的な成果にはつながらない、あるいは”まだ”つながってこない、ということは実は多いです。

勉強等でもそういう面があります。勉強が苦手な中学二年生が一念発起して勉強したら次のテストの点が上がるかというと、中学一年の範囲の怪しいところが多くてすぐには上がらなかったり

しかし、その期間をこえ足りなかったことのフォローをし終えたあとならちゃんと点が上がるようになってきます

素振りで得点は増えません。しかし、自分が素振りをしたということを 自分でしっかりと認めることはモチベーションをつないでいくために大事なのではないかな、と思います。



例えば作曲を始める人としても、頑張っても自分の思い通りの曲ができずやめてしまう人多いと思います。

実はそれは、ある程度は仕方のないことであると同時に、続けていくと改善することでもあります。 続けていくほど理解が深まっていくためです。


ただ、こまごまとした知識を増やすなどといった行為は直接的な成果につながりづらいのも確かで、それが無力感につながっていくことは多いです。

自分は昨日から何が進歩したのか見えづらいためです。

結果が出るまでコツコツ続けよう、といった話に近い感じですが、 どちらかというと、コツコツと進めてきた一歩一歩を自分で認めることを意識しよう、という話ですかね。 今、目に見える成果が出てなくてもちゃんと経験が蓄積されているということは多いです。

わかりやすい成果が出てなくても蓄積されてるものが実はちゃんとある、という観点を持ってみると物事に取り組んでみるのが少し楽になるのではないかなと。



writer / Shinji Yakawa (Wize Sound)