こんにちはStudio Act One 音楽Producerのko-ji☆です!

今回の記事は私が尊敬するヴォーカリストの1人リアン・ライムスについて書かせて頂きます!まずは、リアン・ライムスの出世、経歴からご紹介させて頂きます。

リアン・ライムスLeAnn Rimes本名Margaret LeAnn Rimes 1982年8月28日– )は、アメリカ合衆国ミシシッピ州ジャクソン出身のカントリー歌手。テキサス州ガーランドダラス郊外)で育つ。

リアン・ライムスはわずか13歳にして初のシングル”Blue“(ビル・マックのカバー)を発表。同曲はグラミー賞ベスト・カントリー・ボーカル(女性)部門を受賞し、リアンはグラミー最優秀新人賞も受賞。

ハウ・ドゥ・アイ・リヴ(How Do I Live)」はビルボードチャートにおいて69週間ランクインし、アメリカ音楽史上最も成功した曲の一つとなりました。

2000年公開の映画「コヨーテ・アグリー」に楽曲「キャント・ファイト・ザ・ムーンライト(Can’t Fight the Moonlight)」を提供&出演。主人公が唄う全ての曲の吹替も担当。

2002年ソルトレイクシティオリンピックのテーマソングを開会式で歌う歌手に選ばれました。 

Wikipediaより一部引用

 

私個人、幼い頃から親や兄の影響で洋楽をかなり聴いていて、14歳の時に洋楽に憧れギターを手に取り歌い始めました。私がリアン・ライムスを知ったきっかけは、16歳の頃カトリック教会の日曜学校でゴスペル隊に入っていた頃です。

当時はビートルズ、ウィリーネルソン、BB king、エリッククラプトンを経て、エアロスミス、クイーン、ボンジョヴィ、ホィットニーヒューストン、ティナターナ、ジャネットジャクソンなどをよく聴いておりました。昼食の時間にラジオが流れておりアメリカのカントリーチャートの番組をよく聴いていました。その日はカレーを食べていました。陽気なDJが14歳の天才歌姫的なワードを言ったのが耳に入りラジオに注目していました。ブルースがかったものすごい美声と、綺麗な鼻にかけた裏返し技(日本で言う、ゆり)のしなやかで力強い歌声で有名なナンバーBlueのカバーが耳に入ってきて思わず感動し、カレーを忘れてラジオの前で最後まで聴き惚れていたのを覚えています。

ちなみにその日曜学校で私がギターを教えていたのが、現在、久保田利伸さんや第一線の様々なバッグで活躍するベーシスト、森 多聞です(やんちゃ坊主 笑) 。

 

話を戻します、私は彼女のファンになりそれからずっとCDを購入し、今でも聴いています。私とリアンを知っている方々は私の歌い方の中にリアンがいるとよく言ってくれます。

彼女は私の歌の先生でもあります。カントリーシーンで有名人になって、出身地の南部から北のニューヨークへ移り、R&B系へと転身した時期に映画: coyote agreeの主題歌と本人も歌うシーンで出演をしていました。それから10年くらい経って彼女も結婚し、今もカントリーの歌姫としてCDをリリースし続けています。

私にとって彼女は、先生でもあり、心の友として23年お付き合いをしています。

しっかり力強いヴォーカルとしなやかなテクニックのリアン節を感じます。

これぞ”歌”と感じる彼女は私のフェイブリットアーティストの1人です。

皆様も一度2つ歳下の私の心の友 Leann Rimsを聴いてみて下さい!一度は耳にした声だと思います(^-^)おすすめアルバムは、”The Best Of Leann Rims” と大人になった彼女の良さと高度なスキルが詰まった”This Is Woman”です♪

本日は世界で活躍する歌姫、リアン・ライムスについての記事でした。

 

ありがとうございました!